武田流合氣之術

由来
福岡武田家には甲州武田信虎の子、勝千代の代に黒田藩に流れ伝わったとの伝説がある

 



史実
武田流合氣之術は明治の頃に福岡に伝わる天真流、扱心流を皆伝、柔道師範である武田応吉の弟子である大庭一翁が柔道等を修行しつつ大東流などから研究を重ね、独自の合氣理論をかかげ武田流合氣之術として武田応吉より独立。
福岡の武田家の家系より43世武田流合氣術を名乗る。
福岡の武田応吉の道場とは別に北九州に聖武殿を本部とし東京進出する。
大庭一翁の門下からは各新派、会派が生まれた。




44世 池田一晶
大庭一翁より武田流合気術皆伝。
大庭の死後、聖武殿道場と共に武田応吉が残した道場でも修行し揚心大和流皆伝。
また空手や合気道等の修行を重ねる。
大庭一翁の合氣術の弟子の池田一晶が武田道場で学び直した事により、武田応吉の揚心大和流を奥の型に継承し、大庭一翁創始の合氣術に師の武田応吉からの技を重ね継承し現在に至る。

 




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